「学園長、ひとつお願いが」
「ん? なんじゃ?」
「先生方も事務員一同も満場一致で、学園長にと本日の主役ポジションを開けておきました。ほんの少しお手伝いをお願いします」
「おお、何か知らんが楽しそうじゃの」
「ええもちろん。この役柄があってこそのクリスマスですから、ここはぜひ!」
* * *
「…騙されたわい」
寒風吹きすさぶ忍たま長屋の廊下にて、は後ろから学園長がひどく後悔している様子を見守っていた。
(うう寒い寒い寒い…騙されたのはこっちもよ! 先生方も薄情なんだから。いくらなんでも発案者に監視役全部押し付けることないでしょうに)
ささやかに出し抜いてはみたもののやはり年寄りであるには変わりはない、この寒気に心臓麻痺でも起こされては大変だから発案者のお前が見張っておけ…と、要するにそういった意味合いだ。足音が立たないよう足裏に綿を縫い込んだ足袋まで持たされたのだから、これもこれで念の入ったことである。
(雪降ってるもんなあ…こりゃとんだホワイトクリスマスだわ)
元の時代でよく見た、いわゆる「彼と行くイルミネーション百景! ラブラブなクリスマスをあなたに☆」などと言うようなものは盛大に鼻でせせら笑っていた口だが、なにもとてこんな薄ら寒いクリスマスを過ごしたかったわけでは決してない。
学園長の姿が角を曲がり消えるのを見届けてから、可能な限り足早に…しかし音は立てるまいと集中力を総動員して廊下の半ばほどまで足を進めたところで、
すいと角から小柄な影が顔を覗かせた。
「こら、どうせ見とるんなら手伝わんか」
「あー…やっぱりお気付きでしたか」
「当たり前じゃ、ワシをなんだと思っとる! 年は取っても昔は天才とその名も高「あの静かに、静かにお願いします学園長、そのテンションじゃ全員起きちゃいますから」
は背中の荷物を受け取り自分の肩に担ぎ上げながら、大声を上げかけた面倒なサンタクロースを制した。
さしずめ自分はトナカイだろう。
「しかしこんなドのつく素人を見張りに寄越すとは…ワシもなめられたもんじゃな」
「ですねえ」
「…そこ否定せんのか」
「私だってまさか尾行なんて任されるとは夢にも思わず…あ、その部屋の前気を付けてくださいね」
「ふん見くびりおって。トラップのひとつやふた、…ぬぁッ!「いえ喜三太くんと金吾くんの部屋なんでたまにナメクジが廊下まで逃げてきて…私も一回踏みました」
「それを早よ言わんか! 踏んだじゃろが!」
「声落としてくださいってば…」
「終、わっ、た」
騒動になりかけたがどうにか生徒を起こさず全てのプレゼントを配り終え、は深々と溜息をついた。壁に手をついたままずるずると崩れ落ちたくなったがどうにかこらえ、綿入りの足袋を履いた足を揉みほぐす。
神経を使いすぎて今にも吊りそうだ。
「とりあえず、終わりましたね。まさか作戦当初は私まで巻き込まれるとは思いませんでしたがそれなりにいい日だったと思い…たい、です?」
「だからそこは普通断定じゃろが…まあええか。庵に帰って寝るとするわい」
「お疲れ様でしたー」
自分も部屋に帰ってゆっくり休もうか。大欠伸と共に踵を返した途端、闇から伸びた手ががしりとの肩をつかんでもう片手が口を塞ぎ、ものも言わせず空き部屋に引きずり込んだ。
「もごっ!?」
(く、曲者? まさか私をここで殺して、それから学園長の暗殺を図るとか…!)
「うー! ぐう!」
口を塞がれながら必死でもがくの耳元に、覚えのある声が囁いた。
「落ち着け、。私だ」
「ん?」
「もう一人はわしな。お、しかしお前痩せぎすに見えたが、意外と肉付きがよくて抱き心地がいぐぉ!」
これが現代であったならセクシャルハラスメントで訴えられてもおかしくないような発言をした人影に、僅かに上体を屈め素早く後頭部を叩きつける。ごすん、といい音を響かせたそれは言ってしまえば単なる頭突きであるが、単純な分だけ応用が利き、かつ効果も高い。そのためは割合この攻撃方法を好んだ。
「なかなか的確な反撃法だ。人に攻撃を仕掛けるのも慣れてきたようだな」
「ぷはあ! …恐縮です。厚着先生と日向先生に時々手軽な攻撃法を教わってますんで、まあこのくらいのことなら。
ところでなにをやってらっしゃるんですか大木先生、野村先生まで一緒になって」
薄暗がりで目を凝らすと、確かにそれは大木雅之助と野村雄三…は時々こっそりと混ぜるな危険コンビと呼んでいる…であった。勝負は一段落ついて、おそらくラッキョウの酢漬けや納豆の臭いを落とすために湯を使った帰りといったところだろう。
「なんじゃい、人の鼻に頭突き食らわしたフォローはなしか」
「セクハラへのフォローがあったらそれも考えるんですけどね」
「それはともかくだ、学園長の監視をご苦労。正直逃げるかと思っていたんだが、あんな面倒な仕事をよくこなした。これは報酬だ」
「お二人とも…これ、クリスマスプレゼントと取ってもいいんでしょうか。こんな…
……一升もの日本酒を…」
「遠慮はしなくていい」
「まあどうせこの後わしらも飲むから、そのうちの一本な。それ」
「それクリスマスプレゼントですか? 世間一般じゃ余り物って呼びませんか?」
「ああ、それと禁制だと言っているのにどこからか手に入れて飲んでる阿呆共がいるようだから、生徒には奪われるな。体に悪いから学園長にも絶対に渡すな」
「…なるほど、そのために私をここに引っ張り込んだんですか…」
忍者を育成する学校の中で素人女に酒を一升ぽんと渡して、生徒に奪われるなもないものだろうに。第一それだったらもう少しましなものをくれたらどうなのだ。
「いいです、部屋に持って帰って一人で心行くまで飲みます」
「おい、思った以上に男らしい回答が返ってきたぞ…」
「面白いから酒を一升渡してやろうと言ったのはお前だ、雅之助」
「そんなこったろうと思いましたよ! なんですかまったく、三十路男が雁首揃えてしょうもないことを!」
プレゼント配る学園長と嵌めたつもりで嵌められる夢主の下りを書かなければ終われないと思った。